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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1831号 判決

控訴人(原告) 斎藤勝一

被控訴人(被告) ネッスル株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し二万五六六七円を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一  控訴人

1  原判決は、被控訴人においては勤続年数と前年の実出勤日数とを充足することにより年休権が発生するとの考えに立脚し、本件労働協約一一条の「勤務の中断」が全くなかつた場合と同等水準の…」の意味につき、年休権との関係で勤続年数には加算するが、実出勤とは看做さないとし、その結果として控訴人には年休権がない旨判示する。

しかしながら本件における労働協約の年休権発生の要件は勤続年数のみであつて、前年度の出勤日数は右によつて発生した年休権の具体的日数を削減(減少)させてゆく要素に過ぎないものと解すべきであり、同協約一一条を年休権との関係で考える場合「実出勤と看做し得るのか」との検討方法ではなく、「期間全部を欠勤とみてよいのか」との検討方法が採らるべきである。そうすると専従期間中を積極的に欠勤と看做すことは「有給休暇の権利を保証する」との同条の文言からみても明らかに許されず、従つて、「専従期間中はこれを欠勤と看做す」との協約がない限り、年休権は勤続年数が充足されることによつてのみ発生し、日数を削減されることはないものとみるべきである。

2  原判決は昭和五〇年度の残存四労働日を年休日として昭和五四年一一月乃至一二月に控訴人が行使し得ない理由として僅かに本件労働協約五〇条のみを根拠としているが、同条は従業員が翌年度に年休権を行使し得る場合を前提とした規定である。そして労働基準局長通達(昭和二三年四月一五日)が年休権にも「労基法一一五条の時効の規定の適用があり、従つて民法一四七条により時効の中断が成立する」としているように、強行法規たる労働基準法の解釈上も年休権は時効にかからぬ限り繰越されるのが本来なのである。そして控訴人の有した四労働日の残存年休権の消滅時効も「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行スル」(民法一六六条)のであるが、控訴人の四労働日の年休権の消滅時効は控訴人の組合専従期間中は停止した状態となるから、右年休権は消滅せぬまま昭和五四年度に継続しているものというべきである。

二  被控訴人

1  控訴人は年休権発生の要件は、勤続年数のみであつて、前年度の出勤日数は右によつて発生した年休権の具体的日数を削減させてゆく要素に過ぎない旨主張するが、本件労働協約四四条には「各暦年毎に従業員に対し下記計算方式に基づき年次有給休暇を与える。〈1〉第四五条に規定された前年一二月三一日における勤続年数。〈2〉第四七条に規定された前暦年中の実出勤日数。」と規定されているのであるから、被控訴人における有給休暇取得の要件は、原判決判示のとおり、同協約四五条に規定された勤続年数と、同四七条に規定された前暦年における実出勤日数とであることは明らかであるから、控訴人の右主張はその前提において既に失当である。

2  控訴人は年休権は時効にかからぬ限り繰越されるのが本来である旨主張するが、元来年次有給休暇請求権は、労働力保護の必要性の考えに基づき、当該発生年度中に一定の有給休暇を与えるためのものであるから、労働基準法上当該発生年度中に取得するのが本来であり、年次有給休暇の繰越しは労働基準法上認められないところであつて時効を考える余地はないものであるが、被控訴人においては特に本件労働協約五〇条において一年に限つて繰越しが認められているのであるから、それ以上に繰越しを認める余地はなく、ましてや時効にかからぬ限りいつまでも繰越しが認められるというものではない。

仮に年次有給休暇請求権が時効にかかるものであつたとしても、控訴人の主張するところは、「時効の中断」、「時効の停止」のいずれを主張しているのか判然としないところであるが、いずれにせよ、専従への就任は民法一四七条の時効の中断にも、また民法一五八条以下の時効の停止にも該当しないことは明らかであり、更にまた「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、残存四労働日を含んだ昭和五〇年度年次休暇の発生日である昭和五〇年一月一日であり、これを昭和五四年一一月一日とする根拠は全くなく、従つて残存四労働日については、昭和五〇年一月一日から二ケ年(昭和五一年一二月三一日)の経過をもつて時効により消滅したものというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一1  当裁判所は、当審における当事者双方の主張、控訴人の立証を参酌しても、控訴人の本訴請求は棄却を免れないと判断するものであつて、その理由は次に付加するほかは原判決の理由のとおりであるから(但し、原判決一八枚目表四行目の「旨が規定されている」を削除する。)、それをここに引用する。

2  当審における控訴人の主張にかんがみ、次の説示を付加する。

(一)  控訴人は本件における労働協約の年休権発生の要件は勤続年数のみであつて前年度の出勤日数は右によつて発生した年休権の具体的日数を削減させる要素に過ぎない旨主張する。

しかしながら同協約四四条(但し、横書き)は、

「各暦年毎に従業員に対し下記計算方式に基づき年次有給休暇を与える。

一  第四五条に規定された前年一二月三一日における勤続年数。

一  第四七条に規定された前暦年中の実出勤日数。」

と規定しているのであるから、被控訴人における従業員の年次有給休暇の権利の取得の要件は、同協約四五条に規定された勤続年数のみならず、同四七条に規定された前暦年の実出勤日数を含むことが明らかである。

そして原判決が説示するとおり(原判決一三枚目表二行目から一九枚目表一一行目まで)、控訴人は組合の専従から復職した後、前年中の実出勤日数が零である以上、昭和五四年度には年次有給休暇の権利を取得しないものというべきである。

(二) 控訴人は、本件労働協約五〇条は従業員が翌年度に年休権を行使し得る場合を前提とした規定であり、また年休権は時効にかからぬ限り繰越されるのが本来なのである旨主張する。

しかしながら、かりに年次有給休暇の権利(労働基準法三九条、同協約四四条参照。)が時効にかからぬ限り次年度に繰越される権利であるとしても、年次有給休暇の制度は労働力保護のために労働者に賃金を失うことなく年間に必ず一定の休暇を取得させる必要があるとの考慮に出でたものであつて、或る年度に発生した有給休暇の権利は当該年度内に行使されてこそ本来の意義があるのであるから、労働者が任意に消化しなかつた有給休暇の次年度への繰越しは制度の建前からするといわば副次的な問題であるということができ、労働基準法の定める基準を上まわる労働条件に関する事項であるから、繰越しの可否、その限度等は労働協約によつて定めて何ら妨げがないと解されるところ、本件においては、控訴人の所属する労働組合と被控訴人との間に締結された労働協約の五〇条において「有給休暇の全部を一二月末日までにとらないときは当該年度の未使用日数に限り翌年度に繰り越すことができる」旨定めているから、当該年度の前の年度の未使用日数を翌年度(その未使用日数の属する年度を基準にすれば翌々年度)に繰り越すことのできないことは当然で、結局未使用の日数はその翌年度にのみ繰り越すことができ、その年度を以て未消化の有給休暇を使用する権利を消滅させるものとするのが本件労働協約の趣旨とするところであると解するのが相当である。

そうだとすると、本件では年次有給休暇の権利の時効ないしはその中断・停止等の問題は生ぜず、昭和五〇年度において発生した有給休暇の権利は昭和五四年度までは存続しないこととなるから、原判決の説示するとおり(原判決一九枚目表一二行目から二〇枚目表一〇行目まで)、控訴人は昭和五〇年度における未消化の四労働日の有給休暇の権利を組合の専従から復職した後の昭和五四年一一月一日から同年一二月三一日までの間に行使し得ないものというべきであつて、控訴人の前記の主張はひつきよう失当である。

二  そうすると、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今中道信 露木靖郎 齋藤光世)

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